迎え火

お盆の迎え火 いってきた

提灯の火の代わりに

ほおずきもって いってきた

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帰宅したらお盆の迎え火にいく

歩いてすぐの荒川の土手にのぼって

お寺はひとつ下流の橋の対岸

だけど、提灯がないんだ。。

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去年までは

ソケット部分が壊れたイサム・ノグチの「あかり」に

ローソクを無理やりたてて提灯代わりにしてた

でも、本格的に壊れてしまったからね

僕自身が火になるしかないか‥

🍊

わかるよね

けんじだよ

おかえりなさい。

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褒め上手

褒め上手な先生

中学に入って すぐの美術の授業で描いたもの。

日本画の先生だったので絵の具は日本画の?顔彩?

年月たってだいぶ剥がれてます。

父が気に入って部屋に飾っていたので、奇跡的に残りました。

授業中みせにいったとき、先生は笑いながら

「大きく描いたなあ はみ出てるじゃないか いいぞお」

とほめながら、

右上のはみ出てるところを無理やり

否‥上手に画面に収めてくれました。

はみ出てるとこを褒めてくれた?先生。

後に入部する美術部の顧問の先生で、

真っ赤な家の絵も不思議なくらい褒めちぎってくれた

褒め上手な先生でした。

相転移

相転移(そうてんい、英語:phase transition)とは、ある系の相(phase)が別の相へ変わることを指す。

相転移の顕著な例として、氷が水になったり水が水蒸気になったりする…

wikipedia

 

やっておくことをやります。

何時間やっても疲れるけど疲れないんだ。

義務感ないし。

小さいことだけど。

そんなことだけど。

 

相転移か?ってくらい時代が変わったとき

1ミリでもいいから実感したいんだ。

 

どうなるかわからないからどうなるかわからないことを徹底的にやっておくんだ。

小さなことだけど。

 

photo credit: hlkljgk swirl around, curl around, whirl around via photopin (license)

捨ててしまった絵

僕は 高校時代に

深夜 部屋の窓あけて描いた

『夜の風景』に会いたい。

文化祭に間に合うよう 朝まで描いてた。

夜空は黒じゃないんだ

そうおもいながら描いてた。

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姉追記)

ゲーテは 闇に一番近い色が青だというの

闇にも色があると

光も闇も色彩の重要な要素だと

でね 闇の色 青の対になっている色が橙だというの

闇(青)の残像として橙が浮かびあがると..

そうなのね(⌒-⌒; )

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Photo by Greg Rakozy on Unsplash

ひらく

僕にとって「ひらく とじる」とは「感性がひらく とじる」のこと。

「ひらいた自分」がどこにいるのか、いつも探してる。

ひらく

論理的なこととか考えながら美しさを感じる見えないものを感じる感覚 かな。

外を見ながら内を感じる感覚 かな。

 

ナショナルジオグラフィック日本版2018年5月号
「ピカソはなぜ天才なのか、脳はその絵をどう見るか」

ドイツのフランクフルトにあるマックス・プランク経験美学研究所の神経科学者エドワード・ベッセルは、被験者に100点を超す絵画の画像を見せ、脳スキャン画像を基に反応の強さを1~4に分ける実験を行った。

どの作品でも脳の視覚システムが活動するのは当然だが、美しい、心に残る、目が離せないといった強烈な印象を与えた作品では、「デフォルト・モード・ネットワーク」(DMN)が活発になっていることがわかった。

DMNとは、複数の脳領域で構成されるネットワークのことで、内面に意識を向け、自らの思考や感情を紡ぎ出す働きをする。

外に目を向けているのに、意識は内に向かっていく。「脳の状態としては、非常に特殊です」とベッセルは指摘する。

 

僕のつながってる状態は、たとえるなら、「雲海のなかからあっちからポンッこっちからポンッ」て感じ。

でも、ときどき、目で見てはいるけど写しとってるだけ目で追ってるだけの状態になることある。

見てるけど読んでるけど写してるだけで感性とか心につながってない状態。

そんなときはボーッと散々写しとってから目を閉じる。寝る。

目を閉じると、そこに自分がいるのを感じます。

感性や心とつながるのを待ちます。

 

Photo by Alexandre Godreau on Unsplash

タンメン

僕たち兄妹子供の頃、亡き母はよく、近所の蓬莱軒やビックリ屋に食事につれていってくれた。

僕がたのむのはチャーシュー麺など肉ものだ。

母はいつもきまってタンメン。

で、野菜をポンポン僕の器に放り込んだ。

自分はひと口ふた口。

防いでも次々ときた。

タンメンを自分で注文するようになった僕は大人だ。

点と点

僕が打った点は、予測不可能なところで、予測不可能なヒトによって、予測不可能な未来に、打たれた点とつながっていく。

とりわけ、インターネット・SNSのうえに打った点は、僕の予想やおもわくをこえて、時間もこえて、現実もこえて、見えないヒト・見えない世界・みえない未来につながっていく。否、もうつながってる。

   

感じてるさ。イヤなら打たなきゃいいのに打たなきゃって打たせるんだ。

なんだろう?

すぐそこにあるなにか

違う未来?

   

どうでもいいような点を打つんだ。

そういうの楽しいから(^_^.)

感じるままにさ(^^ゞ

   

   

Photo by Jens Jakob on Unsplash

民法すき

僕が「民法のブログ」を書くとき読むのは、対象判例の判例百選の判決と解説だけ。見開き2ページだけ。

あと、勉強してた頃一冊に凝縮した六法をパラパラ確認するだけ。

で、何も見ずに、頭の中にあること考えたことを一気に書きます。

で、書き直す。直す。

資料みながら書くとつまらなくなる。

考えたことそのまま書くのが楽しいし評価も受けてきました。

民法はいつもA評価を頂いてた。

(旧)司法試験論文で。

その場で考えたことをそのまま書くとA評価。

民法を好きな理由はこれです。

法学部いったので受けてました。

民事法だけなら‥(遠い目‥)。

つまり、公法(憲法刑法)がどうにもこうにも。。集中的にやっても、出来たとおもっても、全く評価がこない‥。

公法は型があって、違憲審査基準や罪刑法定主義があって、型を頭にいれて、あてはめで個性をだす(らしい‥)けど、だめなものはだめ。合わない。

評価のよい民事法と刑訴法だけでは届きそうで届かない‥で、撤退しました。

ブログで書くのは民法だけ。

民法はいつもA評価を頂いたので、ロースクールの人にも役に立つかなとおもってます。

photo credit: QUERHOCH waiting for the sunset via photopin (license)